独自の理論に基づいて、探偵小説黄金時代に一冊の短篇集『ホワイトの殺人事件集』を刊行し、その後、故郷から離れて小島に隠棲する作家グラント・マカリスター。彼のもとを訪れた編集者ジュリアは短篇集の復刊を持ちかける。ふたりは収録作をひとつひとつ読み返し、議論を交わしていくのだが……フーダニット、不可能犯罪、孤島で発見された住人の死体──7つの短篇推理小説が作中作として織り込まれた、破格のミステリ
本書あらすじ
読み終えて
ひと昔前までは、日本で言うところの「本格ミステリ」は海外では流行っていないなんて聞きましたが、最近では「HONKAKU」という言葉に関心が集まるほどに事情が変わってきているようです。
本作も原書は2020年刊行ながら、あらすじの「フーダニット」や「不可能犯罪」という言葉に本格好きとしては心ときめかずにはいられない作品です。
出版前から界隈ではかなり期待されていて、私自身も楽しみにしていました。
ただし、読み終えてみると期待していたほどではなかった、というのが正直な感想です。
巻末の解説で千街晶之氏は「新本格」という言葉が用いています。
本作に我が国の新本格を感じるのは同意ですが、残念ながら数十年間読み継がれている名作のような作品ではないです。
90年代初頭、新本格黎明期に次々と新人作家たちがデビューしました。
一発屋で終わった作家も少なくなく、あれやこれやと意匠を凝らした作品たちは、時折マニアの間で話題に上がれども、数多くは絶版となってしまいました。
本作から感じる雰囲気もまた、彼らが置き土産のように残していった、そんな作品に近いです。
読了後に一番に感じたのは、趣向に走りすぎて質が伴っていないということです。
作中作を用いた凝った構造で、そこに掛けられた労力こそ関心しますが、構成要素である作中作がどれも詰まらないのが読んでいて辛いです。
また、本作はミステリ小説の中でミステリの在り方を語るその内容からメタミステリと捉えることもできますが、どうにも締まりがないです。
個人的には、アンチミステリのようにも感じましたがどうでしょうか。
著者は数学畑出身のエンジニアということですが、古典的なミステリのコードを数学的アプローチで、冷笑まじりに描いているような印象を受けました。
でも、次作でも古典的なミステリを意識しているらしいんですよね。
そんな一種の「茶化し」を何度もするでしょうか、うーん……。
とはいえ、帯にも書いてあるとおり本作は「異形のミステリ」であるのは間違いないです。
新本格を経ている日本のミステリ好きたちにはあまりインパクトはないかもしれませんが、現代海外ミステリから本書のような作品が生まれたのは嬉しいかぎりです。
このような捻じれた作品は、まずオーソドックスな作品があってこそ生まれるからです。
冒頭にも書いたとおり、海外でも「本格ミステリ」のルネサンスが起きているのは本当なのかもしれないです。
①「一九三〇年、スペイン」・・・”容疑者”が二人のケース
②「海辺の死」・・・”容疑者”と”被害者”が重複するケース
③「刑事と証拠」・・・”探偵”と”犯人”が重複するケース
④「劇場地区の火災」・・・”容疑者”全員が”犯人”のケース
⑤「青真珠島事件」・・・”被害者”全員が”容疑者”のケース
⑥「呪われた村」・・・”容疑者”の半数が”犯人”のケース
⑦「階段の亡霊」・・・”探偵”が”被害者”であるケース
さらに、これらはジュリアが「グラントが偽物」であることを証明するために、一部ないし全部を書き換えたことが判明します。
グラントが書いたとされる真の内容は以下のようになります。
①「一九三〇年、スペイン」・・・”容疑者”が二人のケース
構造自体はジュリア改稿版と同じだが、”犯人”が逆
②「海辺の死」・・・”容疑者”と”被害者”が重複するケース
構造自体はジュリア改稿版と同じだが、真相は事故(=”被害者”自身に死の責任あり)がきっかけのもの
③「刑事と証拠」・・・”容疑者”全員が”犯人”のケース
構造がジュリア改稿版④と同じ。③と逆だった
④「劇場地区の火災」・・・”探偵”と”犯人”が重複するケース
構造がジュリア改稿版③と同じ。④と逆だった
⑤「青真珠島事件」・・・”被害者”全員が”容疑者”のケース
構造自体はジュリア改稿版と同じだが、異なる二人組が”犯人”
⑥「呪われた村」・・・”容疑者”の半数が”犯人”のケース
構造自体はジュリア改稿版と同じだが、(無罪と思えていた)異なる半数グループが”犯人”
⑦「階段の亡霊」・・・登場人物が”容疑者”と”犯人”と”被害者”と”探偵”をすべて兼ねているケース
ジュリア改稿版と構造も内容もすべて異なる
先述のとおり、ジュリアが何故、こんな手の込んだことをしたのかというと、「グラントが偽物」であるという疑惑を明らかにするためです。
しかし、その偽グラントの正体は全く伏線もなく急に出てきた人物で投げやりです。
ここまで語ってきた「〇〇が”犯人”」という構造に則っていないというのが残念でなりません。
「第一の結末」の内容も取って付けたようなもので唐突すぎます。
一方で「第二の結末」は目新しさはないですが、本作の中では上手くいっていると思います。
幕間でホワイト殺人事件の存在は示されており、『ホワイトの殺人事件集』との関連性も仄めかされていました。
事件には”被害者”と”犯人”がいて、小説には”著者”がいます。
これらの関係性ががらりと転ずるのは、まあまあかなあと思います。
※それでも、ミステリ読みには新鮮味はないのですが
この点でも、その謎を解き明かす”探偵”がジュリアではなく、終盤にぽっと出てきたフランシス(偽グラント)というのが甘いなあという印象です。
まあ、特に何もしていないので、彼を”探偵”と呼ぶかさえ怪しいのですが。
書誌データ | |
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書 名 | 『第八の探偵』 |
原 題 | “Eight Detectives” |
著 者 | アレックス・パヴェージ |
国 | イギリス |
発 表 | 2020 |
出版社 | 早川書房 ハヤカワ・ミステリ文庫 |
翻訳者 | 鈴木恵 |