密室で夫人が自殺して以来、奇怪な噂の絶えないダーンリーの屋敷。幽霊が歩き回るというこの家に移り住んできた霊能者の夫妻は、関係者を集めて交霊実験を試みる―それは新たな事件の幕開けだった。死体を担ぐ人影。別の場所で同時に目撃された男。そして呪われた部屋に再び死体が現れる…奇術のごとく繰り出される謎また謎!各探偵の語る最後の一行が読者にとどめを刺す!フランス本格推理の歴史的傑作。
本書あらすじ
読み終えて
ポール・アルテと言えば、現代海外ミステリの中では珍しい直球の本格ものの書き手として知られています。
その作風から「フランスのジョン・ディクスン・カー」と称されているそうです。
個人的には、本格ミステリ読者としてその存在を知っていましたし興味もあったのですが、どれも積んだまま長い年月が過ぎてしまった作家でもあります。
そんなアルテが2019年に来日イベントをすることとなりました。
その前年に株式会社行舟文化から刊行された「名探偵オーウェン・バーンズ」シリーズ第一作目の『あやかしの裏通り』の好評を受けての開催でしょう。
5月25日(土)は東京の会場で芦辺拓氏とともに、翌26日(日)は大阪の会場で綾辻行人氏と有栖川有栖氏とともにイベントへ出演し、トークショーやゲストの日本人作家との対談、サイン会などがあったようです。
この手のイベントは好きなので当時はアルテ未読でしたが、当日までに読めるだけの積読を崩そうという思いで参加の申し込みをしました。
結局、残念ながら急な仕事でイベントは行けなくなってしまったのですが、せっかく長い間積んでいた本を読む気になったので、2018年に文庫化した著者の実質のデビュー作である『第四の扉』を読むことにしました。
さて、幽霊の噂が絶えない屋敷に降霊会のなか起きる密室殺人、奇術師フーディーニやドッペルゲンガー現象、足跡のない雪密室……。
「フランスのジョン・ディクスン・カー」とはなるほど、カー作品をはじめとした黄金時代の本格ミステリを彷彿とさせる要素がてんこ盛りです。
しかし、読み終えてみるとやや期待を下回ったというのが正直な感想です。
もちろん、本作は紛れもなく本格ミステリであり、不可解な事件に対して合理的な解決をもたらしてくれます。
それはそうなのですが、例えばトリックやたどり着く解決に「驚き」はなく、むしろ事件の状況から一、二に思いつくものであり、そしてその質も残念ながら低いです。
また、本作はプロットもひねりのあるもので、この点、書かれた時代を考えると斬新さもそれなりにあるとは思いますが、粗い印象は拭えません。
それでも、最終的な着地点は意外性とともに、本作の持つミステリ要素と親和性の高い怪奇小説めいた魅力もあり、個人的にはかなり好みでした。
カーの『火刑法廷』やマクロイ『暗い鏡の中に』の系列に並べたいです。
あと、感じたのは文章の読みやすさです。
平岡さんの訳文が良いというのもありますが、本格ミステリには欠かせない誰が・いつ・どこで・何を……という状況説明がすんなりと入ってくることから、原文自体も読みやすいのではないでしょうか。
私は状況説明を頭の中に入れるのが苦手なので、ついつい斜め読みしてしまうのですが、本作はしっかりと理解した上で読み進めることができました。
第0の事件(?)とでもいうべき、ヴィクターの妻エレノアの自殺について。
全身を切り刻んで死んだという異様な状況にも関わらず、自殺と結論付けられたのは現場が密室だったからでした。
この過去の自殺にわざわざ他殺説を持ち出してぶり返しておきながら、新事実でもってその結論を補強するわけでもなく、「やっぱり自殺だったんだ」で終わらせてしまうのは読者としてはもやもやします。
その後、降霊会の最中に起きる第1の事件のトリックは、国内新本格の某作品を知っている方ならばすぐにピンとくるでしょう。
それを抜きにしても、「第四の扉」というタイトルからも予想がつきそうです。
事実、私は上記の類例を知っている上で、タイトルから勘づいたのですが「これだったら嫌だなあ」なんて不安に思っていたらまさかの的中です……。
また、ドルー主任警部の繰り出す推理もヘンリーのアリバイ以前に矛盾がある気がします。
ヘンリーは父親に罪を着せるつもりでしたが、父親が部屋を開ける前に応援を呼んでしまったがために計画が崩れたと彼は言います。
でも、ドルーの推理で使用されるトリックは、父親が部屋に入ってきたら却って失敗する(トリックが露見する)可能性がより高くなるのではないでしょうか。
3年間行方不明だった息子が急に現れて倒れていたら、父親なら取り乱してでも駆け寄って抱き起こしそうなものです。
雪密室を取り扱った第2の事件(正確にはラティマー夫妻の方が先に殺されていますが)は、その状況から自殺(未遂)もしくは事故を一番に疑うもので、これらの否定材料も特にないので、当然の真相といったところで驚きはないです。
そして、本作の肝となるメタ要素について。
まず、シリーズの探偵役であるツイスト博士の登場が思わぬ形でなされる点が好印象です。
国内新本格もメタ要素を絡めたミステリはたくさんありますし、その活用方法も非常にトリッキーなものが多数見られます。
一方の本作のそれは、粗さはあるものの『十角館の殺人』と同じ年に刊行されたと考えると非常に斬新です。
階層の異なる二つの作中世界が奇妙な形でリンクして、ぞくりとさせるようなラストの一行で物語を落とすまで、非常にスリリングで目が離せません。
書誌データ | |
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書 名 | 『第四の扉』 |
原 題 | “La quatrième porte” |
著 者 | ポール・アルテ |
国 | フランス |
発 表 | 1987 |
出版社 | 早川書房 ハヤカワ・ミステリ文庫 |
翻訳者 | 平岡敦 |