ラング・ルイス『死のバースデイ』

ラング・ルイス『死のバースデイ』

2021年6月17日

脚本家ヴィクトリアの再婚相手は、映画プロデューサー。二人の共同作業となる映画の企画も着々と進行し、順風満帆と思われていたのだが…。ヴィクトリアの誕生日当日の朝、夫は客間で死んでいた。死因は毒殺。同じく毒殺死を題材とする新作を書いた彼女に疑惑の目が向けられた。事件は、悲劇と呼ぶにふさわしい結末を迎える。古典五十傑にも選ばれた、本邦初紹介作家の傑作本格ミステリ。

本書あらすじ

読み終えて

書店で論創海外ミステリの棚に立ちよった際、帯に森英俊氏の名前を見つけてから気になって作品です。
とはいえ、クイーンやカー、クリスティをはじめとした定番作品もろくに読めていないのに、論創社から出ている作品を読んでいいのかと少し悩みました。
しかし、ネットで調べてみると評判も良く、ボリュームも手頃なので購入してみることに。

1945年の作ということで、ミステリ黄金時代を牽引していた書き手たち(それこそ、先述の3人など)が変容していった時代に書かれたということになります。
ラング・ルイス自体は1942年にデビューしています。
デビューからわずか3年ではありますが、筋運びなどもこなれていて、読んでいて全く苦になりません。
もちろん、ミステリとしての手捌きも端正で素晴らしいです。

傑作と呼ぶにはこじんまりしている印象ですが、ありがちな文句を使えば「今まで翻訳されていなかったのが不思議」なほど良くまとまった作品です。

主人公ヴィクトリアは夫アルバートの死にショックを受けますが、彼の亡くなった状況は明らかに彼女を陥れるものでした。
こういった、誰かを罠に嵌めるために計画された殺人を描くミステリは少なくないですが、大抵、警察や司法は目の前の餌に飛びついてしまいます。
そして、その無実を証明するために友人や探偵が動く、というのがありきたりな流れです。

その点、本書の警察は有能で、この悪意を持った犯人の策略に嵌まることなく、冷静に観察してヴィクトリア犯人説にすぐには飛びつきません。
ヴィクトリア自身、探偵然としてやれやこれやと動き回るというよりは、夫を亡くした仕事人としての彼女の日常を全うする中で少しずつ真実に近づいていきます。

崩れていた人間関係がきっちりと収まり、あるべき形、つまり善意の持ち主には少しの幸せを、悪意の持ち主には然るべき報いが訪れるという締めくくりも個人的には好きです。

真相は呆気なくなるほどシンプルです。
それでいて、犯人の意外性も十分です。 アルバートの死の原因は、確実に彼の飲んだ砂糖入りのコーヒーにありますが、砂糖つぼに毒が入っていたというひとつの事実でこうも攪乱されてしまうとは。

事件関係者一同を集めるという本格ミステリのお約束を利用した演出もお見事です。
「何を暴くか」だけでなく「どのように暴くか」が見どころとなっている点では法廷ミステリに近いものも感じさせます。

アルバートが砂糖つぼに毒を入れたという行動について。
作中では、家政婦ヘイゼルの過失に仕立て上げるためと説明されていますが、コーヒーを飲むにしても、お茶を飲むにしても砂糖を入れないヴィクトリアの習慣を知っていれば、こんな細工はしなかったはずです。

この行動が、彼の妻への愛がとうに冷めてしまっていることをより強調するとともに、自身の死を複雑にしており、なんとも皮肉めいています。
書誌データ
書 名 『死のバースデイ』
原 題 “The Birthday Murder”
著 者 ラング・ルイス
 国  アメリカ
発 表 1945
出版社 論創社 論創海外ミステリ
翻訳者 青柳伸子