ヒュー・ペンティコート「子供たちが消えた日」

ヒュー・ペンティコート「子供たちが消えた日」

2021年12月22日

レイクビュー郊外の小さな町クレイトンに住む九人の子供たちは、設備がより整った学校へバスで通学していた。ステーションワゴンでこしらえた登校用のバスは、山を切り開いて作られた「切り通し」と呼ばれる湖畔の道を毎日通る。ある日、この「切り通し」からバスごと子供たちが姿を消した。

「切り通し」の一方の端にはガソリンスタンドがあり、そこで働く老人は確かにバスは「切り通し」へと入っていったと証言した。しかし、もう一方の端で食堂を営むジョー・ゴーマンはバスは来ていないと主張した。彼の息子もまたバスに乗っていた子供の一人だったのだ。

「切り通し」の山側の斜面は険しく、とてもバスが入れるようなものではない。一方、湖側のガードレールはどこも無傷であり、さらに湖には氷が張っていたが、バスが落ちた形跡はどこにもなかった。

読み終えて

今回は短編ミステリです。

先日、ネットの海を漂っていたところ、ヒュー・ペンティコートの名前に出会いました。
短編・中編の名手らしく、本国ではEQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)をはじめとした雑誌で活躍したそうで、日本版EQMMなどにもかなりの数の邦訳が掲載されています。

単著の翻訳は早川ポケミスから長編が4冊、論創海外ミステリから長編が1冊、シリーズものの短編集が1冊刊行されています。
多くの短編の名手と同じく長編の評価はあまり芳しくないものの、2020年に刊行された短編集『シャーロック伯父さん』(論創社)は中々高評価だったようです。

そんなペンティコートの代表作が今回取り上げる「子供たちが消えた日」です。
日本でも雑誌やアンソロジーに繰り返し収録されていることからも、その人気がうかがえます。
私は今回、 小森収編『短編ミステリの二百年3』(創元推理文庫)に収録されているものを読みました。

さて、一本道に入っていったバスが出てくることなく消えてしまったという不可解な謎を取り扱った本作は、謎に貪欲なミステリ読者であれば引きつけられること間違いなしでしょう。
エドワード・D・ホック編『密室大集合』(ハヤカワミステリ文庫)にも採られているように、一種の密室ものとしても見ることができます。

消失した子供たちの親はパニック状態になり、運転手を務めていたジェリー・マホーニという好青年が誘拐したのだと考えます。
そして、ジェリーの父パット・マホーニーに集団で詰め寄るなど、小さな町全体がヒステリー状態へと陥ります。

バス消失の謎は、トリックは明かされてみればあっけないものですが、本作の一番のポイントはその動機でしょう。意外性たっぷりで、伏線も十分に張ってあります。

個人的に好きな場面は、上記のパット宅に町のみんながなだれ込むシーンです。
保安官や子供たちの親を連れたメイソン巡査部長は、パットに対してジェリーの責任を問いますが、パットは「女房を殴るのはやめたかね、巡査部長?」と問います。
パットもまた「子供が消えた」父親であり、息子の無実を信じ、そして無事を願います。
それでも続く、パットに対する町の人々の無慈悲な言葉や行いが何とも切ないです。

銀行強盗をするために子供たちを誘拐するという真相はサプライズたっぷりです。
素っ頓狂と言えばそうなのですが、事件で揺れ動く小さな町の様子は、規模は違えど普段から私たちが目にする「野次馬心理」や「不安感」とそう遠くなく、妙に納得させられてしまう部分もあります。

また、パットのエキセントリックなふるまいが事件の真相に結び付くという筋運びも面白いです。

バス消失のトリックは拍子抜けですし、犯人について、もう少し伏線を張っていてもいいと思います。
ただ、それを差し引いてもお釣りがくるほど意外な動機に、短編ミステリとしては大いに満足できました。
書誌データ
作品名 「子供たちが消えた日」
原 題 “The Day the Children Vanished”
著 者 ヒュー・ペンティコースト
 国  アメリカ
発 表 1958
収録書 小森収編『短編ミステリの二百年03』
出版社 東京創元社 創元推理文庫
翻訳者 白須清美